パリ・オペラ座バレエ団の「オネーギン」を観てきました。オネーギンはユーゴ・マルシャン、タチヤーナはドロテ・ジルベール。
パリ・オペラ座バレエ団での「オネーギン」の初演は2009年。比較的新しいレパートリーといえますが、パリ・オペラ座とは非常に相性のいい作品のように感じました。本家シュツットガルト・バレエ団にひけを取らない素晴らしい舞台でした。
公演概要
3月7日(土) 18:00〜
「オネーギン」全3幕
東京文化会館大ホール
台本:ジョン・クランコ
アレクサンドル・プーシキン 『エフゲニー・オネーギン』(1833)による
音楽:ピョートル・チャイコフスキー
編曲:クルト=ハインツ・シュトルツェ
振付・演出:ジョン・クランコ
装置・衣裳:ユルゲン・ローゼ
照明:スティーン・ビャーク
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
指揮:ジェームズ・タグル
【 キャスト】
オネーギン:ユーゴ・マルシャン
タチヤーナ:ドロテ・ジルベール
レンスキー:ポール・マルク
オリガ:ナイス・デュボスク
ラーリナ夫人:ベアトリス・マルテル
乳母:ニノン・ロー
グレーミン公爵:オドリック・ベザール
第1幕 45分
休憩 20分
第2幕 30分
休憩 25分
第3幕 25分
アレクサンドル・プーシキンの「エフゲニー・オネーギン」を原作としたジョン・クランコ振付の「オネーギン」。 オペラとは全く異なる曲を使っています。初演は1965年シュツットガルト・バレエ団です。
舞台に何度も登場する「E・O」の紗幕。主人公エフゲニー・オネーギンのイニシャルの周りには、オネーギンの銘句「何よりも名誉、体面が大切である」が書かれているとのことです。
なんて嫌なやつだ!
「ジゼル 」のユーゴのアルブレヒトがかなりあっけらかんとした感じだったので、彼の「オネーギン」が若干心配だったのですが、杞憂に終わりました。
第一幕、淡いアースカラーの田舎の風景の中に突如登場する美しい黒のスーツのオネーギン。周囲とは全く異質の洗練された姿はタチヤーナが惹かれてしまうのも理解できます。オーネーギンがタチヤーナが熱心に読んでいた本を取り上げ中身をみたときの、片眉あげて田舎のインテリ娘を小馬鹿にするような表情がすごかった。なんて嫌なやつだ!この表情をみたときユーゴが演じるオネーギンへの期待が一気に膨らみました。
鏡の中から現れたオネーギンがタチヤーナと踊る、有名な鏡のパ・ド・ドゥ。難易度のたかそうな複雑なリフトもスムースでよどみがありません。お互いに相性がいいと認めるドロテ&ユーゴペアならではのパートナーリング。そして何よりもオネーギンのギラギラとした瞳の輝きにやられた…。
第2幕、田舎貴族の集まりに飽き飽きしたオネーギンは、タチヤーナの恋文を本人の目の前で破り捨て、退屈紛れにオリガにちょっかいを出します。オリガと親密に踊り、オリガの恋人レンスキーをからかうオネーギン。止めに来るレンスキーをちょいちょいと手で払うときのオネーギンの楽しそうな顔!物語中もっとも彼が生き生きとしていた瞬間かもしれません。友人の傷ついた顔を心底楽しんでいる…ひどい男。
オネーギンの友人であり、オリガの恋人である若き詩人レンスキーを演じたのはポール・マルク。田舎の実直な青年のムードにぴったりでした。オネーギンとの決闘前の哀しみ溢れたソロの踊りも美しかった。
色彩のない決闘のシーン。友人レンスキーを殺してしまったオネーギンを射るように見つめるタチヤーナ…。
激情の”手紙のパ・ド・ドゥ”
3幕は10年後、サンクトペテルブルグが舞台。色彩も服装も1幕、2幕とは全く異なる華やかな社交界。グレーミン公爵の舞踏会に招かれたオネーギンは、再び黒のスーツで登場しますが、彼はここでもアウトサイダーです。そして2幕までとはまるで表情が違う…彼が非常に不幸で孤独であることが一目でわかります。
グレーミン公爵と公爵の妻になったタチヤーナの踊りは、愛情あふれる暖かさがありました。この踊りのドロテは美しかった!
グレーミン公爵を演じたのはオドリック・ベザール。今まであまり強い印象を受けることがなかったのですが、彼のグレーミン公爵は素晴らしかった。妻タチヤーナに対する静かで強い愛情を感じました。
そしてクライマックスの手紙のパ・ド・ドゥ。高揚感のある鏡のパ・ド・ドゥとは対照的な地を這うような振付で始まります。タチヤーナの足元に跪き、愛を懇願するオネーギン…。
この踊りのユーゴのオネーギンは本当に激しかった。人生の黄昏時のドラマにしてはエネルギーがありすぎるかもしれませんが、オネーギンの後悔や絶望が胸に迫り、観ているだけでちょっと胸が苦しくなるほど。
激情のオネーギンに身を委ねかけたものの、すんでのところで踏みとどまったタチヤーナ。オネーギンが去り、幕が降りる直前の見開かれたタチヤーナの瞳…。
ドロテがこの3幕のパ・ド・ドゥについてNBSのインタビューで、「…流れるように踊ることによって舞台上では感情だけが見えるように努めています」と語っていました。その言葉の通り、踊りを確かに観ているのに2人の感情だけが見える、そんなパ・ド・ドゥでした。
ドロテのインタビュー↓
395号-2020年1月:NBSニュース/NBS日本舞台芸術振興会
幕が降りてもカーテンコールのおわり近くまで、オネーギンの顔つきのまま茫然自失だったユーゴ・マルシャン。何度か幕が上下するうちにやっと笑顔になり、顔つきもいつもの明るいユーゴに戻りました。
なかなか拍手が鳴り止まなかったカーテンコール。観客の誰もが心の中で出演者たちに「ありがとう」と言っていたと思います。
ユルゲン・ロールの衣裳・装置が美しい
衣裳と装置は、シュツットガルトと同じユルゲン・ロールのデザインによるもの。
樺の林のある田舎の風景と華やかなサンクトペテルブルグの対比や、陰鬱で色のない決闘シーンの背景が見事にドラマを引き立てていました。
オネーギンが着るさまざまな黒の衣裳、3幕の舞踏会でタチヤーナが着る朱赤のドレスなど、衣裳も本当に美しく、絵画のような世界を堪能しました。
おわりに
新型コロナウィルス感染拡大という状況下で行われた公演。一週間前の「ジゼル」公演のときよりさらに状況が悪化していることを配慮したのでしょう。入り口の赤外線サーモグラフィーやそこらじゅうに置かれた消毒液、入り待ち出待ち厳禁に加えて、開場時間の繰り上げや休憩時間を延長しての換気の徹底、マスクをしていないお客にはマスクの支給、注意喚起の放送では「応援のお声かけ(ブラボーですね)の際はマスクを着用ください」の注意などが追加で対策されていました。
開催の是非については色々な意見があるとは思いますが、やはり観ることができてよかった。この公演は永く記憶に残ると思います。
こちらは本家、シュツットガルト・バレエ団のオネーギン↓
★最後までお読みいただきありがとうございました。