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英国ロイヤル・バレエ団『赤い薔薇ソースの伝説』【バレエシネマ鑑賞メモ】

3月下旬に上映されていた英国ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマシーズン2022/23の『赤い薔薇ソースの伝説』を鑑賞しました。

クリストファー・ウィールドン振付の新作物語バレエ、濃厚な味わいの作品でした。

 

公演・上演概要

『赤い薔薇ソースの伝説』(原題:Like Water For Chocolate)全3幕 英国ロイヤル・バレエ団

収録日:2022年6月

ラウラ・エスキヴァルの小説に基づく 
【振付】クリストファー・ウィールドン
【台本】クリストファー・ウィールドン、ジョビー・タルボット
【音楽】ジョビ―・タルボット
【編曲】ベン・フォスケット
【舞台美術】ボブ・クロウリー
【照明デザイン】ナターシャ・カッツ
【映像デザイン】ルーク・ホールズ
【衣装デザイン】リネット・マウロ
【指揮、音楽コンサルタント】アロンドラ・デ・ラ・パラ

【出演】

ティタ:フランチェスカ・ヘイワード
ママ・エレナ:ラウラ・モレ―ラ
ロザウラ:マヤラ・マグリ
ゲルトゥルーディス:ミーガン・グレース・ヒンキス
ペドロ:マルセリーノ・サンベ
ジョン・ブラウン医師:マシュー・ボール
ナチャ:クリスティーナ・アレスティス
ホアン・アレハンドレス:セザール・コラレス
ドン・パスクアル:ギャリー・エイヴィス
チェンチャ:イザベラ・ガスパリーニ

【上映時間】2時間45分

解説+インタビュー 18分

第1幕 53分

休憩 15分

解説+インタビュー 12分

第2幕 33分

第3幕 34分

 

クリストファー・ウィールドンが、『不思議の国のアリス』、『冬物語』のクリエイティブ・チームとともに創り上げた新作物語バレエ。

原作はメキシコを舞台にしたラウラ・エスキヴェルのベストセラー小説『赤い薔薇ソースの伝説』。映画化もされ、日本でもヒットしました。

上演前のインタビューは芸術監督ケヴィン・オヘア、幕間は指揮者アロンドラ・デ・ラ・パラ。メキシコ出身のアロンドラ・デ・ラ・パラは、この音楽のコンサルティングも担当。美しく情熱的で素敵な人でした。

 

英国ロイヤル・オペラ・ハウスのYouTubeチャンネルに、作品の”インサイト”が3部構成でアップされています。

フランチェスカ・ヘイワード、マルセリーノ・サンベらによるリハーサルが観られるほか、クリストファー・ウィールドン、原作者ラウラ・エスキヴェル、指揮者アロンドラ・デ・ラ・パラ、音楽のジョビ―・タルボットも登場。

www.youtube.com

 

Insights: Like Water for Chocolate – Music and Design - YouTube

Insights: Like Water for Chocolate – Towards Opening Night - YouTube

 

バレエは魔法

原作『赤い薔薇ソースの伝説』は主人公ティタの料理によって、次々に不思議な出来事がおこり、母エレナの亡霊も登場するマジックリアリズムの小説。「なぜあえてこの作品をバレエに?」と思ったのですが、”インサイト”でウィールドンが「バレエはマジック」と話していたのを聞いて、なるほどと思いました。

「魔法のような出来事が次々に起こり、亡霊が登場する」って、物語バレエの世界ではデフォルトですものね。むしろ相性がいいのか。

 

3世代にわたる物語を約2時間のバレエに凝縮させたウィールドンの手腕が見事。

「末娘は結婚せずに母親の面倒をみる」というしきたりや、「20年後」など最小限の説明の字幕がセットに投影される以外は、ストーリーは基本踊りだけで展開していきます。

特に印象的だったのは、キッチンのテーブルの上でママ・エレナが末娘のティタを出産するシーンからはじまる幕開け。赤ん坊をあやす料理人ナチャ。その赤ん坊のおくるみが、あっという間にパン(?)生地に変わり、成長したティタが登場するという展開の鮮やかさに目をみはりました。

印象的なフレックスの脚先

振付はクラシックベースですが、さまざまな独特のモチーフが編み込まれていました。

なかでも印象的なのは、フレックスにした足先の動き。幼さだったり、何かへの抵抗だったり、楽しさだったりと、さまざまなニュアンスが表現されているように感じました。

 

胸に手を当てるしぐさ、触れそうで触れない手など、官能的な表現がちりばめられたティナとペドロのパ・ド・ドゥも美しかった。

ラストのふたりのパ・ド・ドゥは状況はまったく違うけれど、ちょっと『マノン』の最後の「沼地のパ・ド・ドゥ」を思い出した。

余計なものは全て取り払われ、残るのは2人の愛だけ…。

 

また見応えがあったのは群舞。ロザウラの結婚式で牧場の人々が踊るパート(”インサイト”のパート3の最後にリハーサルが出てきます)や、革命戦士たちが帰還したときの祝宴の踊りなどは華やかで、類型的ではないのに、メキシコの雰囲気を感じさせるものでした。

 

女優、フランチェスカ・ヘイワード

フランチェスカ・ヘイワードは、こういう演劇性の高い演目で輝きますね。他のダンサーが踊るティタがイメージできないくらいのはまり役でした。(実際は高田茜さんとヤスミン・ナグディも踊っているんですよね。観てみたい。)

 

マルセリーノ・サンベは身体能力がすごすぎるせいか、それ以外が印象に残らないことも多いのですが、今回のペドロ役は抑圧されたエネルギーを感じさせて、素晴らしかったです。ふたりのパートナーリングもよかった。

 

そしてもう1人の女優は、ママ・エレナ役のラウラ・モレーラ。

ティナを支配する鬼母、兄弟に恋人を殺されてしまう悲劇的な娘時代、ティタを脅かす亡霊、と3つのパートを見事に演じ分けてていました。

 

七三分けで眼鏡をかけたマシュー・ボール

以前マシュー・ボールは悪役の方が似合うと書いたことがあるのですが、訂正します。いい人の役も似合う!

精神を病んだティタを助け、ティタと結婚し、さらにティタがまだペドロを愛していると知ると身を引く、人のいいジョン・ブラウン医師。濃厚なキャラクターばかりのなかで、ジョン・ブラウン医師の穏やかさに癒される 笑。

七三分けで眼鏡をかけたマシュー・ボールが素敵過ぎた。ティタと踊るときの、遠慮がちで優しい眼差し…。

英国ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマのインスタグラムより。

もうひとり、ホアン・アレハンドレス役のセザール・コラレスも、あまりに適役でした。いきなり出現してティタの姉ゲルトゥルーディスを連れ去り、また突然戻ってくる革命戦士の役。内面の表現があるような役ではないのですが、ワイルドでキレのある踊りが圧倒的。

 

抽象化された美術とリアルな衣裳

メキシコの建築家ルイス・バラガンにインスパイアされたという美術は、抽象的でシンプル。最小限の意匠で、暑く乾いたメキシコの空気を感じさせました。

斬新だったのは1幕の美術。幕開け、舞台の背景には12人の白いドレスの花嫁が座っています。すぐに前後反転してレース編みをする12人の黒衣の女性に。女たちが編むレース編みの紋様が舞台の背景へと展開していき、1幕の最後にはティタを包み込む。(こんな説明では全然伝わらないですね…)

舞台でティタのドラマが繰り広げられているのと同時に変化していく背景から、目が離せませんでした。

英国ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマのインスタグラムより。動画のなかに何箇所か黒衣の女性たちや、レース編みの紋様が出てきます。

 

美術が抽象化されているのに対して、衣裳はリアル。役ごとにカラーパレットが決まっていて、ティタのカラーは淡いトーンの水色、ママ・エレナはくすんだ紫色。どちらもキャラクターにぴったりでした。

おわりに

観終わって、音楽もオリジナルでここまでのスケールの新作を創れるバレエ団って、いま世界にどれくらいあるのかな…なんて思いました。

『赤い薔薇ソースの伝説』は今春ABTで上演が決まっているそうです。

 

ウィールドンの傑作『不思議の国のアリス』↓

★最後までお読みいただきありがとうございました。