牧阿佐美バレヱ団のローラン・プティ振付『ノートルダム・ド・パリ』を鑑賞しました。6月11日(土)、エスメラルダは青山季可さん、カジモドは菊池研さんの公演です。
トップの画像は公演パンフレット。表紙のイラストはプティ自身によるものだそうです。
公演概要&あらすじ
ローラン・プティ『ノートルダム・ド・パリ』全2幕 牧阿佐美バレヱ団
2022年6月11日(土)15:30〜
会場:東京文化会館 大ホール
芸術監督:三谷恭三
演出・振付 ・台本: ローラン・プティ
振付スーパーバイザー : ルイジ・ボニーノ
衣裳:イブ・サン=ローラン
音楽 : モーリス・ジャール
装置:ルネ・アリオ
原作:ヴィクトル・ユーゴー
照明デザイン : ジャン=ミッシェル・デジレ
指揮:デヴィッド・ガルフォース
管弦楽:東京オーケストラMIRAI
【上演スケジュール】
第1幕 15:30〜16:25
休憩 20分
第2幕 16:45〜17:15
【キャスト】
カジモド:菊池研
エスメラルダ:青山季可
フロロ:水井駿介
フェビュス:アルマン・ウラーゾフ(国立アスタナ・オペラ・バレエ団プリンシパル)
ローラン・プティの代表作のひとつといわれる『ノートルダム・ド・パリ』。初演は1965年、パリ・オペラ座バレエ団です。衣裳はイブ・サン=ローラン、音楽は『アラビアのロレンス』の映画音楽で知られるモーリス・ジャール。
日本で『ノートルダム・ド・パリ』の上演権を持っているのは牧阿佐美バレヱ団のみとのこと。2020年の公演予定が新型コロナの影響で中止になり、2016年以来6年ぶりの上演となりました。
【ざっくりのあらすじ】
舞台は中世のパリ。生まれつき醜い姿のカジモドはノートルダム大聖堂の鐘付き男。捨て子だった彼は、司教代理のフロロに拾われ育てられた。
厳格なフロロだが、美しい踊り子エスメラルダに強く惹かれ、カジモドにエスメラルダの誘拐を命ずる。カジモドに追われたエスメラルダは、フェビュス率いる歩兵隊の介入により逃れる。エスメラルダは一目でフェビュスに惹かれる。一方でエスメラルダは、歩兵隊にさんざん殴られたカジモドにも水を与えて優しさを見せる。
愛し合うフェビュスとエスメラルダに嫉妬したフロロは、フェビュスを短剣で刺して、その罪をエスメラルダに着せる。絞首刑になりかかったエスメラルダは、カジモドによって救い出され、司法の不可侵権があるノートルダム大聖堂にかくまわれる。
心を通わすエスメラルダとカジモド。しかしフロロはカジモドがいない隙にエスメラルダに迫り、拒絶されるとエスメラルダを激しく殴る。
やがて教会の不可侵権が撤回され、ノートルダムに兵士や民衆が押しかける。エスメラルダはふたたび絞首台にかけられる。フロロの本性に気がついたカジモドは、エスメラルダが死刑になるのと同時に、フロロを絞め殺す。
カジモドはエスメラルダの亡骸をゆっくりと運び去る。
牧阿佐美バレヱ団の公式チャンネルにアップされているストーリー映像。
長さが13分弱あり、見ごたえあり。映像のカジモドも菊池研さんです。
エスメラルダをめぐる3人の男
ちょうど今年3月に同じヴィクトル・ユーゴーの『ノートルダム・ド・パリ』を原作とした『ラ・エスメラルダ』(日本バレエ協会公演)を観たばかり。
エスメラルダとフェビュスの恋物語が軸になっている『ラ・エスメラルダ』に対して、カジモドを中心に聖と俗、美と醜の対比を鮮やかに描くプティの『ノートルダム・ド・パリ』。主要な登場人物は同じとはいえ、2つの作品世界は全く異なるものでした。
『ラ・エスメラルダ』の感想はこちら↓
『ノートルダム・ド・パリ』には美しい踊り子エスメラルダをめぐって3人の男が登場します。ノートルダム大聖堂の醜い鐘撞き男のカジモド、司教代理のフロロ、歩兵隊長のフェビュス。『ラ・エスメラルダ』に登場する貧乏詩人のグランゴワールは、プティの『ノートルダム・ド・パリ』にはでてきません。
覚醒するカジモド
プティの『ノートルダム・ド・パリ』で物語の中心にいるのは、カジモド。初演時はプティ自身が演じたことでも知られています。
「道化祭り」で、民衆から嘲笑まじりに「道化王」に担ぎ上げられ、戸惑いながらも嬉しそうにしているカジモド。そこにフロロが現れると、カジモドはすぐにかけ寄り、彼の足元にひれ伏します。まさに「フロロの犬」状態。
そんな彼が、美しく優しいエスメラルダに出会って心を通わせ、自分の意志をもつようになる。そして最後には、従属していたフロロに手をかける。
そんなカジモドの変化が見ものです。
『ラ・エスメラルダ』のカジモドは踊らない役でしたが、『ノートルダム・ド・パリ』のカジモドは、生まれつきの歪んだ肉体を表現しながら踊るという、大変な難役。右肩だけを上げたままピルエットをしたり、エスメラルダをリフトしたり…。
「ダンスマガジン」に掲載されていたスーパーバイザー の ルイジ・ボニーノさんのインタビューによると、「カジモド役をはじめて稽古するときは、たいてい二日くらいすると痛みで身体が動かせなくなります」とのこと!
ダンスマガジン2022年6月号『ノートルダム・ド・パリ』特集より
この日のカジモドを演じたのは菊池研さん。
16歳の時にローラン・プティに見出され、数多くのプティ作品を踊っている菊池研さん。カジモド役は2012年、2016年の公演に続き3回目。
圧倒的な存在感、野性動物のような強さの中に漂う哀感が素晴らしかった。
フロロの妄執、鳴り止まないタンバリン
覚醒していくカジモドに対して、エスメラルダへの執着と嫉妬で、正気を失っていくのが司教代理のフロロ。
「道化祭り」に現れ、うかれる民衆を諭すフロロの頭の中に突然タンバリンの音が流れ始める。
シャンシャンシャンシャララン、シャラララシャンシャン…
*あくまでも個人の聞こえ方です 笑。
繰り返されるタンバリンのリズムと、タンバリンを振る動作を思わせる、手のひらをヒラヒラさせる振りが印象的。エスメラルダが舞台に登場する前から、フロロがこの音に取り憑かれているのも興味深い。
そして最後にフロロがカジモドの手にかかって息絶えるとき、タンバリンの音が静かに鳴り止むのです。
観終わってしばらくは、あのタンバリンの響きが頭から離れず、私もフロロ状態に。
フロロを演じたのは水井駿介さん。いつもながら踊りの精度が素晴らしい。シャープでキレのある踊りが、冷酷なフロロにふさわしかったです。
欲望丸出しの歩兵隊長フェビュス
エスメラルダと恋仲になるハンサムな歩兵隊長フェビュスの描かれ方も面白かった。『ラ・エスメラルダ』でも婚約者からもらったスカーフを、エスメラルダにプレゼントしてしまうひどい男でしたが、プティの『ノートルダム・ド・パリ』では欲望をぎらつかせた軽薄な男として描かれています。
エスメラルダと惹かれあったフェビュスは、エスメラルダを放蕩者が集う居酒屋に連れいていく。居酒屋で豊満な女性たち(←この女性たちが強烈)に囲まれて、欲望を隠せないフェビュス。女性たちに服を脱がされても嬉しそう。(こんな男でいいのか?エスメラルダ…)歩兵隊を率いたフェビュス勇壮な踊りのシーンもあるのですが、どこか滑稽にも見えてしまう。
この本能丸出しな男と抑圧されたフロロの対比が見事。フロロの強烈な嫉妬も理解できます。
多彩な表情を見せるエスメラルダ
エスメラルダの登場シーンは鮮烈でした。
シャンシャンシャンシャララン、シャラララシャンシャン…
フロロの頭の中に響いていたあのタンバリンのリズムが繰り返されるなか、群衆の中心に、タンバリンを頭上に上げて振るエスメラルダが現れる。脚も露わなぴったりした白い短いスカートの衣裳。
タンバリンをすぐに放り投げ、ポアントを床に突き刺すポーズをとる。(タンバリンを持って踊る振りなどは、一切ないのが潔い。)
脚フェチのプティだけあって、クラシックのテクニックを使いながらも、脚を見せつける独特の振り付けが新鮮で魅力的でした。この作品でポアントを履いているのはエスメラルダだけ(だったと思う)。
フェビェスとのパ・ド・ドゥで見せる艶やかでエロティックな表情、カジモドと踊るときの優しく茶目っ気のある表情、フロロに対するときの弱さや畏れ。
相手によってさまざまに表情を変えるエスメラルダに惹きつけられました。
強くて美しい脚の持ち主でないと踊れないであろうエスメラルダ役。青山季可さんの綺麗な脚のラインを堪能しました。カジモドとの慈愛に満ちたパ・ド・ドゥもよかった。
群舞のエネルギーに圧倒される
1幕の「道化祭り」に集まる民衆、「奇跡小路」の日陰者たち、2幕のノートルダム大聖堂に押し寄せる民衆と、この作品には多くの群舞が登場します。
この群舞から放出されるエネルギーがすごい。多くのダンサーたちが一斉にシンプルな動きを繰り返すことによって生まれる迫力。彼らが足を踏み鳴らす音も効果音になっています。
群舞は「民衆」という役柄以外に、主役たちの心情を表したり、舞台の装置の一部に思える瞬間があったりと、幾つもの役割を果たしています。この群舞の独特の表現や迫力、多彩さがプティ作品の大きな魅力のひとつですね。
鮮烈な衣裳と驚きの装置
踊りのみならず、群舞の衣裳も印象的でした。
道化祭りでの民衆のカラフルな衣裳、「奇跡小路」の赤い群衆、ノートルダム大聖堂に押しかける黒い群衆。
どれも群として見た時のインパクトがすごかった。私の席のそばに、お父さんと鑑賞している小さな女の子がいたのですが、赤や黒の群衆が登場した瞬間に、怯えてお父さんにくっついていました。
シンプルな衣裳ですが、カラフルな衣裳の男性たちのジャケットや、カジモドの胸元のレースアップの部分など、よく見るとディテールも美しい。
『ノートルダム・ド・パリ』はとても場面転換が多い作品。その数、1幕2幕合わせて13場!短い暗転を挟む程度で、どんどん場面が展開していきます。
このスピーディーな展開を可能にしているのが、ルネ・アリオによる装置。
舞台の奥は1mぐらいの高くなっていて、その手前は舞台奥と同じ高さの台が袖から出たり入ったりして、場ごとに合わせた舞台を構成します。転換は非常にスムーズ。どうやって制御しているのだろう…。
こうして造られる舞台の高低と、抽象化された、でも一目でそれとわかるノートルダム大聖堂の入り口や、鐘楼、絞首台など、最小限の装置でそれぞれの場面を表現していて見事でした。
おわりに
あっという間の2時間。数々の印象的なシーンと強いリズムが繰り返される音楽がいつまでも心に残る、濃密な作品でした。
翌日の公演はパリ・オペラ座を引退したばかりのステファン・ビュリオンがカジモド。
前出の「ダンスマガジン」の特集のインタビューでステファン・ビュリオンが、日本の公演が最後のカジモドになるだろうと話していて。観たかった…。
この日はこの公演を観た後、新国立劇場バレエ団の『不思議の国のアリス』を鑑賞。
観る前は、全く異質な2作品の組み合わせだと思っていましたが、意外にそうでもなかった。
共に、踊り、音楽、衣裳、美術の見事な融合で、異世界へと誘ってくれる作品でした。
新国立劇場バレエ団の『不思議の国のアリス』の感想はこちら↓
エスメラルダはナタリヤ・オシポヴァ、カジモドはロベルト・ボッレ!
★最後までお読みいただきありがとうございました。